白飯

好きな物100

天使のマァ坊

かつて、ある中華屋で、同時期に店に入り、腕を競い合う二人の男がいた。一人は、辛さと美味さの絶妙のバランスを持つ地獄マーボーの慎、そして玉子焼きの内と外に別世界を作り出す極楽天津飯の浩二。二人は最強のコンビと言われ、店は繁盛していた。しかし、最強はひとりでいい。そのバランスを崩すには、小石を投げつけるだけでよかった。

中華店常連の客の中に、足を患った少年がいた。病院での検査の帰りに親子で店によるのだ。その少年がふと洩らした言葉。
「マーボー丼と天津飯、どっちがおいしんだろう?」
その言葉で十分だった。天は二つに分かたれ、その日より仲の良かった二人は敵同士となった。

店主は頭を悩ませた。店でも人望の厚い二人の一番弟子を筆頭に店は二派に別れ、常に殺気立っていた。どちらかに店を継がせるにしても、どちらかは出て行くだろう。そして腕のある二人だけでなく、まだ店で修行すべき若い者も出て行くことになるだろう。

しかし、事態は二人の直接対決へと向かっていく。有名中華店内の対決に興味を持ったテレビ局が、麻婆豆腐対天津飯の対決を101人の客の審査で決める番組を企画したのだ。ひくにひけず二人は承諾し、ついにその日がやってくる。

勝負では、目の前に置かれた麻婆豆腐と天津飯のどちらかを全部食べきり、その空になったほうのサラの数で比べる。この日の為に、慎は地獄マーボーを進化させた閻魔ーボゥを作り出し、浩二は、究極の天神飯を作り出した。
順調にサラは積みあがっていき、ついに50対50のイーブンで、最後の客、あの足を患った少年、雅史に委ねられていた。雅史の目の前のサラはどちらも減っていない。注目があつまる。しかし次の瞬間、観客、そして店主、慎、浩二は度肝を抜かれた。

雅史は閻魔ーボゥのサラを持つと、天神飯の上に中身をぶちまけたのだ。慎と浩二は、可愛がっていた少年のその行動に怒りよりも先にある感情が浮かんだ。新しいものを見た、料理人としての心のうずき。
「うん、やっぱり美味しいや」
唖然とする大人たちの中で、最初に動いたのは、慎と浩二だった。二人は厨房に飛び込んだ。「まろやかな卵でマーボーの辛さは緩和されるはずだ。もっと濃く」「卵は少し固めがいいだろう。マーボーとのコントラストを」

いがみ合っていた二人は、何も言わずにその新しい料理を作り、雅史の前に出した。
「どうだ」店主は泣いていた。二人の昔の姿がそこにあった。
「うん、やっぱり、お兄ちゃんたちは天才だね。料理の神様みたい」
二人は顔を見合わせて、ほぼ数週間ぶりに笑いあう。
「・・俺たちが神ならさ」
「お前は天使だぜ、まー坊」

こうして、この中華店に新しいメニュー『天使の雅史丼』が生まれ、そして雅史少年の相性であるマー坊から、天使のマー坊丼、天マーと呼ばれ親しまれた。

それが時を経て、テンシノマーボー丼、テンシンマーボー丼、天津マーボー丼になったというわけだ。どうでもいいわりに長い話だ。